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東京高等裁判所 昭和62年(ラ)476号 決定

抗告人 笠井文男

右代理人弁護士 内野繁

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一  本件抗告の趣旨及び理由は、別添執行抗告状(写し)記載のとおりである。

しかしながら、当裁判所は、株式会社千代田住宅に対し本件不動産を二五六八万円で売却することを許可すべきものと判断するものであり、その理由は、原決定が詳細に説示するとおりであるから、その記載(決定書中一丁裏一五行目「伊明善こと緒方真夫」を「緒形眞夫こと尹明善」に改め、二丁表一一行目「利息」の下に「三一三万三四四八円」を加え、同丁裏八行目「エステート」を「千代田住宅」に改めるほか、数箇所にわたり「緒方」とあるをいずれも「緒形」に改める。)を引用する。したがつて、千代田住宅に対する売却を不許可とすべき旨を主張する抗告人の抗告理由は、採用することができない。

二  本件は、最高価買受申出人になれなかつた緒形眞夫が、債務者兼所有者である抗告人名義で委任した弁護士内野繁をして売却実施直後債権者日本エステート株式会社と和解をさせ、最高価買受申出人たる株式会社千代田住宅の買受申出額二五六八万円より四〇〇万円以上も低額で話をつけて債務を弁済したという事案であるところ、①内野弁護士が右のように千代田住宅の買受申出額より低額でエステートと和解することができたのは、同社が右買受申出額を知らなかつたのでこれに乗じたからであり、なお、②緒形は、自分が代表取締役をしている帝国管財株式会社の名義で本件建物に短期賃借権の設定を受けたとして競売開始決定前からこれを占有しているものである。そして、抗告人は、緒形のこれら一連の行動に協力してきたものである。

以上の経緯は、右引用の原決定が詳しく認定しているとおりであるが、更に右①、②の点につき敷衍するに、一件記録によれば、①については、エステートが和解に応じたのは、右に示した事由のほかに、内野弁護士から、「買受人(千代田住宅)に対する処置は笠井文男(抗告人)の責任において行います。」等と約した念書を徴し、これが弁護士の作成文書であることにより安心したからであること、②については、本件建物の現況調査当時における占有状況は、「極道」云々と大きく染め抜いたはつぴを居室にぶら下げ、けばけばしいポスターの類を貼つたり垂らしたりしているほか、部屋中は乱雑を極め異様な様相を呈していたこと、をそれぞれ認めることができる。

これらの事情に徴して考えるに、まず、千代田住宅の買受申出額より低額で和解をして債務弁済をすることは、本件不動産を確保しようとする余り、同社の買受けの期待を裏切るのみならずその鼻を明かすような行動であり、この点につき千代田住宅との問題は抗告人側の責任において解決する旨弁護士作成の念書をもつてエステートに確約しておきながら、いまだにこれを実行しない(その実行に関する証拠は全く提出されていない。)ことは、千代田住宅に対してもエステートに対しても著しく信義に反するものといわなければならない。また、本件建物の占有状況につきあたかも極道者が居住占有しているような外観を現出した上で買受けの申出をしておきながら、売却に際し最高価買受申出人になり損なうや、にわかにエステートとの間で右のような和解・弁済をして民事執行法第一八三条を持ち出し、執行処分が取り消されるべきは当然であると主張することは、一方では法律秩序を侮り競売手続の公正を無視し、他方ではその手続規定の間隙に付け入り策を弄して法律を援用するものであつて、身勝手極まる主張というほかはない。

その他原決定認定の諸事情をも加えて彼此勘案するときは、原決定と同じく、本件抵当権の登記が抹消されたからといつて、右尾形に左袒した抗告人が本件競売手続の取消しを求めることは権利の濫用と目すべきであり、抗告人には、そのように判断されてもやむを得ない特段の事情があるといわなければならない。

三  以上のとおりであつて、原決定は相当であるから本件抗告を棄却

(裁判長裁判官 賀集唱 裁判官 安國種彦 伊藤剛)

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